自律神経失調症で忍耐がなく、根性がなく、責任かない私に私が感謝

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不安な状況

こんにちは

高山です。


すっかり春めいてきましたね。

卒業式が終わった学校も多い今日この頃

4月から新年度が始まり

新たな生活を待っている人

引っ越しする人

転職する人

先に対して不安な人も多いのではないかと思います。


最近治療院に自分の運命に挑戦している患者さんに多く接します。

そのことがきっかけで、自分が歩んできた道をふと思い出しました。


18歳で親から離れた決断

仕事を辞めてオートバイのレーサーを目指した決断

オーストラリアに行った決断

構築してきた技術、生きやすい人間関係をすべて投げて

次に向かった決断

結婚する決断

妻子を持ち40才を目の前にして全日制の専門学校へ入る決断

独立開業した決断

どれも怖くて仕方がなかった

足が竦んで辞めて引き返そうとした。

その中で私の人生で最大の決断

新たな挑戦をして良かったと今だから思えること


むしろ挑戦、決断などカッコいいものではなく自己責任を避け、気が弱く、言い訳ばかりで、優柔不断で、忍耐のかけらもなく、逃げるしかなく行動した結果が生み出しただけのことなのですが(-_-;)

当時の私に感謝している話を書きます。

思い出との決別

24年前、32年間住み慣れた関東を離れ、家内しか知っている人がいない、何一つ情報のない

家内の両親へのあいさつと結婚式を挙げるために2度、短時間滞在しただけの

右も左もわからない

鹿児島での生活を始めました。


当時住んでいた東京木場からバイクで神奈川県川崎まで行き

バイクとともにフェリーに乗った


乗船してすぐに、真冬だったフェリーの甲板、外に出て

そこから見える景色を瞼に焼き付けるようにベンチに座っていた。


思い出が走馬灯のように蘇るという言葉があるが

私の場合景色から思い出が蘇った。


幼稚園の頃住んでいた、人生で家族との思い出がいっぱい詰まった

横浜が見えたところから始まった。


フェリーのスピードは飛行機と違い

深く深く当時のことをよみがえらせる時間を与えていた。


独身時代家内とよく行った横浜ランドマークタワー

失った青春をやり直した感のあった良き同僚たちと働いた品川

心を打ち明けられる大勢の友達と語りあい人生観が変わった

大事な時間を過ごした大崎

東京最後に暮らした父との良くも悪くも思い出がたくさんある木場

小学生の時友達や弟と歩いてプールへよく行った夢の島

ほろ苦く切ない思い出がいっぱいの船橋

バイクで建設中の新都市を見に行き

人工海岸で本を読んでいた幕張

毎週弟と一緒にボディーボードをしていた館山


思い出がまざまざと蘇り

苦い思い出が悲しみを増長させ

うれしいはずの思い出をセピア色にさせ、なぜかすべての思い出が悲しみになっていた。


真冬の海上のフェリーの甲板は寒すぎて

外に誰もいなかった

遠慮なく泣いた

長時間泣いていた

両親、姉弟、友人たちの笑顔が浮かび

思い出が足にしがみつき

決断したことを後悔させていた


真冬の海上の寒風の突き刺すような寒さは感じなくなっていた

完全に陸から離れた時、我に返った

これから何も持たないで

初めて住む土地でやっていく不安が重くのしかかってきた


夢も希望もなく

一つだけ持っていたのは原因不明の胆嚢炎

いつ倒れるかわからない


一晩フェリーで過ごし

宮崎に着き

土地勘のまるでな

当時は携帯もナビもないので

本屋で地図を立ち読みして大体の状態を把握

ビジネスホテルで一泊してから陸路で鹿児島へ向かった。


新たな生活の始まり

薬師町の仰向けで寝ると足が延ばせない1Kの部屋で

家内と二人の生活が始まった。


地名もわからず

どこに何があるのか見当もつかない

今までの自分がまったく通用しないもどかしさ

母の手を借りなければ生きていけなかった子供の頃を思い出した。


その状況で自分がどんな反応をするのか楽しみだった。

鹿児島に上陸後1か月間、仕事が見つからず焦っていた。


生活するためにハローワークでようやく見つけた、山の中での土木作業の仕事から本当の新生活が始まった。


その後は事前に知っていたら間違いなく決断をしなかった想像を絶する困難

                     

想像だにしなかった喜びを味わいます。


まさか、24年後に整体の仕事をして、皆さんとお会いしているとは

微塵も思っていませんでした。


あの時の決断が無ければ今がなかったと思うと不思議です。

あの時の決断をした自己憐憫のひどかった

独りよがりな自分に感謝します。


根性がなくて、責任感が無くて、忍耐がなかった私

だから今の私がいると思えるのです。

気弱で怠け者の自分に感謝!!



これから24年後

私は82才


あの時の私と同じで

24年後のことはわかりません。

「どうしているのかな?」とふと思いました。



春雨降る武岡より

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